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2016年8月 3日 (水)

2回目の入院(2)・検査入院

2016年1月
昨年(2015年)の正月は、自分自身の初めての入院準備で気忙しかった。
それに比べると、今年(2016年)の正月は穏やかに明けた…と思う。
玄関前のコブシの冬毛におおわれた芽に春の息吹きを感じたり
初売りの日は杖をつきながら伊勢丹の福袋の行列に並んだりもした。
町田の「小山田緑地から奈良ばい谷戸」を歩き(2016.01.10)、
丘陵上部の広場から見える丹沢の稜線と富士山に感動したりもした。
だがこの時、坂道や階段道を下るときに感じた不安や怖さは何なんだろう?

2016年2月11日(木):
手ごろなウォーキングコースとして「湘南平」を歩いた。
展望が良い上、平塚駅駅から山頂までバスが利用できる便利さ。
展望台から富士山がキレイに見えた。丹沢・大山も一望だった。
見事な展望に充分満足して高麗山への縦走路に入った。
八俵山から高麗山(大堂)に向うガレ岩の上り坂。
よろめいた足を支える踏ん張りが利かずに転倒した。
杖をついて立とうとしたが立つこともできなかった。
若いファミリーに肩を貸してもらいようやく大堂に着いた。
高麗山を下った後、花水川河口から江ノ島まで歩いた。
海岸沿いの遊歩道では何人ものウォーカーに追い抜かされた。
片瀬江ノ島駅に着いた時17時を過ぎていた。
長い時間と長い距離を歩き通した喜びよりも疲れの方が大きかった。

二週間後の2月26日(金):
先輩に誘われて町田市と川崎市の都県境尾根を歩いた。
丘陵上からは白い丹沢の稜線上に富士山がクッキリと見えた。
小金沢連嶺の左端に南アルプス・間ノ岳まで見えて感動した。
丘陵を進み送電線鉄塔の写真を撮ろうとしたとき足元がふらついてたたらを踏んだ。
真光寺公園の裏口からコンクリート製の階段を下って芝生広場に入ろうとしたとき、
足元に力が入らずストックでも支えきれず、そのまま脇の壁に頬を摺りつけた。
…バランスがうまくとれない、頭の内部で異常が進行している。

7月の定期受診まで待てそうにない。
3月02日(水)、K大学の脳神経外科外来を受診した。
問診の段階で主治医であるO.Drの診察日である3月04日(金)の再受診を指定された。

3月04日(金):主治医の診察
「手術適期を過ぎている。」
O.Drの言葉はショックだった。
今の状態がこの先も続き、やがて…。
”腫瘍が大きくなると小脳失調となり、ふらつきがひどく
 あっという間に悪くなっていく。”
1回目の手術後、退院時の説明が頭をよぎった。
理性は働くのに体が思うように動けない!
(参考ページ→「診察」) 

3月末ベランダに干した布団を取り入れる時、ふらついて転びそうになった。
以来ベランダに出て行う作業を避けるようになった。
4月に入り夕食後の食器を台所に運ぼうとしたときフラッとして倒れた。
お茶もお皿も茶碗もひっくり返り、周りが水(湯)浸しになった。
以来食前・食後の食器を運ぶことを控えるようになった。

我が家に介護ベッドが入るようになった。
以来寝る時起きる時の布団の上げ下ろしから解放されることになった。
自転車で移動している時、歩行者をよけそこなってぶつかりそうになった。
以来、自転車に乗ることを自粛するようになった。
(参考ページ→「自由であること」)
「転ばぬ先」のはずのI字型登山用ストックがT字型(三点ゴム付)の介護杖に代わり
やがて4脚の介護杖に代わった。歩くことそのものが困難になってきた。
(参考ページ→「」)

こんな状況を心配した友人が「セカンドオピニオンも考えたら」…と手紙をくれた。
「今度こそ、しっかり診てもらおう!」 
妻が電話し、市内相武台駅近くにあるS病院で診てもらえることになった
医師と大学病院の関係は分からないが、主治医であるO.Drは週に1~2回S病院でも診ているのだ。
5月7日(土)、連休で家に帰っていた息子の肩につかまりながらS病院に向かった。

5月7日(土):診察
病院に着いてすぐCTを撮った。
撮影された画像を見ながらO.Drの説明があった。
・腫瘍は握り拳大まで成長し手術適期を過ぎていること。
 (安全に摘出できるのはゴルフボール大ぐらいまで)
・脳幹にも食い込み運動機能や生命維持機能まで圧迫している可能性があること。
・おそらく二回に分けて摘出する難しい手術になること。
 しかし何もしなければやがて意識がなくなり7月まで持たないかもしれないこと。
「来週、埼玉に来ることができますか?」
一も二もなく承知した。Drはその場でKMCに電話し5月9日(月)の緊急入院が決まった。
同時に言われた「その時のことも自覚してほしい」の言葉、重く受け止めた。
(参考ページ→「どう自覚?」)

5月9日(月):KMCへの入院・診察
妻と三点杖に支えられ、小田急線-湘南スカイライナーと乗り継ぎ埼玉のKMCに向かった。
階段は大丈夫だろうか、ホームと電車の隙間は開きすぎてはいないだろうか…。
ボクも必死だけど、妻はもっと神経を使っているだろうことが感じられた。
病院に着きすぐに病室に入った。4人部屋だったがカーテンを閉めれば個室と変わりない。
看護師の挨拶があった。
「担当の○○です」「前にも入院してましたね。」明るい声と笑顔に緊張が一気に緩んだ。

その日の午後、CTと胸部レントゲン撮影が行われ、翌10にはMRIの検査もあった。
画像を見ながらDrの説明を聞く。(5/10に行われたMRIの説明と合わせて)
・疾病名は小脳失調であること。
・腫瘍が大きく成長していること。
・小脳の一部が圧迫され、運動や言語に障害がでていること。
・大きいので2回にわけて行うこと。1回目の手術は6月の半ばごろになること。

入院生活
検査室へ行くときは車椅子、トイレに行くときも車椅子。
ベッド毎にナースボタンがあり押せばすぐにナースセンターにつながる。
看護師の手を簡単に借りることができるが、自分の足で歩けないことがもどかしかった。
夕方、外来診察の終わったO.Drや脳神経外科でチームを組み
1年前にもお世話になったKus.Dr、Kon.Drが巡回に訪れ、
「調子はどうですか?」とか「具合はどんなですか?」とか会話を交わせることが心強かった。
そうした話の中から得られる情報も、なんのために入院しているかを知る手がかりとなった。
・今回は手術のデーターを得るための検査入院であること。
・手術予定者が多く「空き」がないこと。
・相模原のK大学病院かS病院で検査を続けながら「空き」を待つこと。

5月11日(水):退院
妻の来院を待ち、午後からO.Drからの話があった。
・5/23に相模原のS病院で再度説明すること
 (s病院の方がゆっくり話ができるそうだ)
・手術は6月7日。2回に分けて行うこと。
心電図や尿、血液など「事前検査」の指示を受け、それぞれ受診した後病院を出た。
実は緊急入院ということで今回手術を行うもの…とばかり思っていた。
1ヶ月近く伸びた手術。それまで体の機能は持つのだろうか?
ちょうど帰宅時のラッシュと重なった新宿駅。
電車を1台待ち、優先席に座って相模大野の集合住宅(自宅)に帰った。
(参考ページ→「予定」)

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