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2016年8月10日 (水)

転院:(S病院で)

6月20日(月):転院・診察
13時05分、KMCを出発した介護タクシーはすぐに圏央道桶川インターから高速道に乗った。
しばらくの間車椅子のリクライニングに身を委ねボンヤリ過ごしていたが、高尾-八王子
と知った地名が出てくる頃には辺りの風景をしっかり見つめていた。
愛川インターで一般道に下り麻溝から相武台に向う道はかつて50ccバイクで走ったことも
あり、懐かしさでいっぱいだった。
S病院に着いた時14時30分だった。北本のKMCから相模原のS病院までおよそ1時間30分。
電車とバスを乗り継ぐよりずっと速い! 車の便利さをあらためて知ることになる。

すぐに病室に案内された。4人部屋の窓側。
窓の外に工場の壁と、病院との境界にある細長い路地にバナナやアジサイの樹が見えた。

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CT、胸部レントゲン、血液や尿の検査の後、15時40分ごろ
S病院での主治医であるHa.Drの話を聞いた。
・専門は胸部と腹部の外科でであること。
・頭部についてはO.Drと協調しながら診ていくこと。
・腫瘍を切除することは症状が改善されるメリットと同時にリスクもあること。
・歩く、言葉を話す、日常生活を送るなど、リハビリの計画を進めていくこと。
Ha.Drは自然が好きなスポーツマン(特に自転車)で、ボクの本も読んでおられることに驚いた。

食事

KMCでの給食がお粥中心から常食に変わった時、外していた入れ歯を久しぶりに使った時
差し歯のバネが合わなくて痛くて再びお粥に戻してもらっていた。
バネを支える歯が虫歯でグラグラしていたのだ。
転院して翌日の給食メニューは「ちくわと野菜の煮物」だった。
お粥はふりかけをかけて食べることができたが、ちくわは弾力がありそのまま食べることが
出来ず、スプーンで細かく切って飲み込んだ。

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こんな症状を理学療法士から聞いた栄養科では直ちに対応、翌日からの給食では全て一口大に
カットされて提供され、午後には病院付属の歯科で診てもらうこともできた。

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患者の情報が院内で共有され、すばやく対応してもらえたことに感謝の気持ちで一杯になった。

療養生活
S病院は外科や内科、介護病棟など本館の他に東館や別館をもつ大きな病院である。
朝、昼、夜と担当が変るのはKMCと同じ。どちらかと言えばベテラン(年配の方)が
多いような印象だった。

まだ車椅子を押してもらいトイレに行っているころだから、転院して間もない頃だと思う。
明け方(4時ごろ)ナースコールを押し、看護師に押してもらいながらトイレに行った帰り
廊下を挟み窓越しに見える東側の空が真っ赤だった。看護師は東側の空いている病室に
車椅子を移動してくれた。真っ赤だった空は次第にオレンジ色に変り、空は青みを増々
増していった。少しずつ変化していく空に「今日も頑張ろう!」という気持ちが
湧き出してくるような気がした。何よりも自然の創り出す美しい一瞬を時間を取ってまで
見せてくれる、そんな気持ちが嬉しかった。

リハビリ


言語療法(ST)
・小脳は運動やリズム、記憶、命令を出すなど重要な機関であること。
 小脳失調、特に言語分野では発声のリズムの取り方が難しくなっていること。
・音のリズムがコントロールできるように、今の能力を伸ばし、またはカバーしていくこと。
リハビリは次のような方法で進められた。
・短文を読む練習。(濁音や破裂音を意識しながら)
 s-z(さる-ざる、計測-継続など)、p-b(パター-バター、ぽろぽろ-ボロボロなど)
 t-d(玉-ダマ、コート-コードなど)、k-g(噛む-ガム、湖畔-ご飯など)
 聞き手にうまく伝わらない言葉はもう一度。
・長い文章を聞き手に理解できるように、ゆっくりはっきり読む練習。
 (注意して読む言葉は赤で色分けしてある)
・一つのテーマについて療法士とデスカッションを進める。
※声帯が振動する有声音やしない無声音、口の開け方(舌の高さ)、舌の位置(前-後ろ)
 唇の形(円-平)、鼻音性(鼻音-非鼻音)など、普段は意識したことのない「日本語の音声学」
 の知識を得たり、、
※ボクの場合はサ行のような摩擦音(舌を歯の裏側に当て呼気の流れをそがいし、一気に
 激しい気流を発生させて出す音について、空気のもれが多いことを指摘されたり、
言葉は相手に伝わらなければ意味を持たない。
ゆっくり、はっきり、音の強弱や抑揚も意識しながら話すことの大切さを学ぶ楽しい時間だった。

理学療法(PT)
・最初はベッドから立ち上がる練習をした。
 浅く座り深くお辞儀をするようにお尻を上げて立ち上がり、そのまま背筋を伸ばす。
 膝に手を当てて、慣れてきたら腕を胸の前に組んで。
・足指のグー・チョキ・パー、負荷をかけての膝の曲げ伸ばし、腹筋や体側筋の鍛え方など、
 ベッドの上でできる体力作りも学んだ。
・歩行器による院内散歩からスロープを上がってリハビリ室への移動など歩行訓練。
 リハビリ室のベッドでヒザ立ちから立ち上がる訓練、体幹を鍛える運動もした。
 歩行器から4点の介護杖、3点杖へと出来ることの増えていくことが更に励みとなった。
・介護杖を使い階段を上って屋上にも上がるこが出来るようになった。暑い日だったが
 吹き抜ける風が気持ち良かった。
・歩くことに慣れることで、病院外への散歩も可能となった。療法士が付き添ってくれることで
 住宅街や一般路、階段のある坂を歩いたりした。病院が市界にあることで、座間市のひまわりや
 相模原市のケヤキを見つけたりすることが楽しかった。

作業療法(PT)
・線や渦巻き、文字を書いたりする検査もあったが
 自立し、安定した歩行を身に付けることが最大の目的。
・でもボクはバランス感覚や上体のひねりに弱いようだ。
 リハビリも、やや左右後方にある棒に身体をひねって輪を入れる、片足で立つなど
 動的バランス訓練が重点的に行われた。
・平行棒を支えにしながら横歩きや交互歩き、爪先にかかとを合わせる直線歩き、障害物の
 またぎ越しなど。1kgや1.5kgなど手首や足首に重りがあると少しキツイ。
・リハビリ室にあるゴムチューブを借り、病室で上腕や下肢の筋トレも行うことができた。
 巡回にくる看護師や体拭きタオルを持ってくる介護士に「頑張っていますね」と言われて
 照れ臭かった。
・病室からリハビリ室に行く途中、窓から湘北アルプス(仏果山や経ヶ岳、西山など)が見える。
 リハビリの合間に丹沢など山の話ができることが楽しかった。
・歩く時、前傾姿勢になりがちであることを指摘された。
 「背筋を伸ばし正面をみながら…」。アドバイスは退院した今も意識している。

7月21日(木):退院
7/16~7/18、3日間の連休を利用したお試し退院を経て、ようやく退院許可が出た。
5/09から3日間の検査入院、5/31から6/20までKMCで過ごしたは20日間、6/20から
7/21まで32日間を過ごしたS病院。述べ55日間もの長い長い入院生活となった。

退院する21日は雨だった。10時頃迎えに来た妻がタクシーを読んだが行幸道路の
渋滞で30分以上かかるとの事。バスで相武台駅に行くことにした。
傘をさし、大きく膨らんだバックを肩にした妻の肩を支えにバス停まで歩いた。
予定時刻を5分過ぎた、10分過ぎた。けれどバスは来ない。
とうとう相武台駅まで歩くことにした。相武台駅から電車、相模大野からは歩き。
車椅子で入院したボクは家へは歩いて家に帰りたい強く願った。
この目標は一応達成したように思う。

KMCでは1~2日置きに、S病院では夕方5時ころから毎日、
ボクが必要と思える用品を不思議なくらい察し、必ず差し入れてくれる妻、
雨の中、歩いて退院するボクを支えている妻に深く感謝している。

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