« 受診日 | トップページ | 緑道経由 病院へ »

2016年11月24日 (木)

再(々)手術に向けて


20160722(金)S病院退院~20160811(木)KMC再(々)入院までの心情を記しました。
<体力回復><老前整理><選択>、3つの項にまとめてあります。

体力回復

退院して自宅に戻ったからといって、めまいやふらつきが治まったわけではない。
歩いて帰ることはできたのは、妻が介助して(付き添って)くれたからこそ。
今回の退院は残った腫瘍を取り除くために、体力を回復させる一時的な退院にすぎない。
切れば(手術)体力は再び落ちる。もとに体に戻すためには大変な意志と努力が必要だ。
切る(手術)めに体力を回復させる。日常生活への復帰…ではないことを理不尽に思う。

それでも家に帰るとホッとする。なによりも自分の時間を自分で管理できることがよい。
しかし今は山歩きはもちろん(独りでは)外歩きもできない。(家の中の)力仕事もできない。
出来ないことばかりが思いつく。けれど出来なくなったことを嘆いてもしょうがない。
出来ることだってたくさんあるはず。再(々)入院までの20日間を意味ある時間にしたい。

老前整理

部屋を見回してみた。
定年で退職した後、再雇用制度で現職と同じ仕事を何年か続けた。
シルバーセンターに登録、定時の仕事を紹介され、短期間だけど働き続けた。
気が付けば2年前に病気が発覚し入院するまでずっと家の中を顧みることがなかった。

壁際の本棚に、現職時代に作った資料のファイルが何冊も何冊も押し込んである。
今後読むことは絶対ないだろう現職時代の専門書や雑誌がギッチリ挿し込んである。
戸棚や机の引き出しの中には、当時必要だった道具や紙類がギッチリ詰まっている。
部屋の隅には、もう見る事もないノートや書類が無造作に積まれている。
…要するに昔は必要でも今はいらなくなったものが散乱しているのだった。
不用品の処分、ここから始めよう。一週間あれば終わるだろう。その時はそう思った。

Spb210005
       本棚1(これからも読む機会があるだろうか)

本棚の奥からから取り出した1冊のファイル。
カバー(表紙)を開き留め具を外してプリントの束を開いた。
黄色く変色した紙はボロッと崩れそうだった。初任の頃先輩を真似て作った通信集。
いつか読む機会もあるだろう…とファイルしたまま40年を過ぎたのだった。
個人名が書かれている可能性があるので資源ゴミとして束ねるわけにはいかない。
もちろん丸めてポイするわけもいかない。2~3枚ずつ剥がしハサミで細かく切った。
1冊のファイルを処理するのに2~3時間。うまれた紙ゴミはスーパーの袋3~4個分。
現職の頃熱心だった(と思う)。時には毎日通信を発行したこともあった。
加えて手作りのプリントや校務関連のプリント。こんなファイルが40年分超!
始める前の楽勝気分が吹き飛んだ。いつ終わるだろう。…気が遠くなる思いがした。
しかし手を動かさなければ永遠に終わりは来ない。少しずつでも片付けよう。

そんなふうに2~3日が過ぎた頃、
「なんて効率の悪いことを…」。見かねた妻が声をかけてきた。
「まずはじめに、使うものと使わないもの(捨ててよいもの)を分けたら?」
そして小型のシュッレッダーを用意してくれた。

シュレッダーのおかげで、古い葉書や手紙など個人情報の処分が少し進むようになった。
だが処理能力はせいぜい4~5枚、ケースはすぐいっぱいになるしおまけに数分で熱をもつ。
熱くなる度に休ませ(冷まし)たり、刃に引っかかった紙くずを取り除いたり。
便利なようでいて、結構手間暇のかかる器械だった。

8月の日曜日、息子が帰宅したとき棚の上の段ボール箱を下ろしてもらった。
古い日記やカセット・ビデオテープが入っていて、重すぎて下ろすことができなかったのだ。
「老前整理」という言葉がある。身体が元気なうちに身の回りの整理を始めようという意。
自分にとって思い出のある大事なモノだが、それは他人にとっても大事なモノだろうか。
今まで大事にしてきたけれど、それはこれからの生活にも必要なモノだろうか。

Spb210007
   本棚2(もう仕事で参考にすることもないだろうな…)

仕事で撮ったカセットやテープは分解しハサミで50cmぐらいずつ切断した。
TVなど録画したビデオカセットは分解し一般ごみとして処分した。
高校時代の日記や20代の頃のノートは全て切断した。仕事で作った書類も可能な限り切断した。
売れるかもしれない書籍は段ボールに詰め、もう読むことはないだろう専門書や雑誌類はまとめてテープでくくった。
机の引き出しに入れていた小物や文房具は100均で買った小さなケースに移し替えた。
だいぶ働いたように思えたけれど、片づけは1/4ぐらいも進んだだろうか?

Spb210008
                    老前整理1

老前整理とは過去の生き方との決別である。整理には体力と時間が必要であることを思い知る。
それでもファイルや雑誌・書籍を整理したことで、本棚そのものを移動させる目途がついた。
本棚代わりに使っていた茶ダンスを大型ごみに出し、7脚あった本棚(ラック)の2脚を空けた。
空いたラックを妻の部屋に譲り、こうしてようやく自分の部屋に居場所を確保することができた。
だがこれはまだ、たくさんある不要物の「移動」を終わらせただけに過ぎない。

Spb210012
                    老前整理2

選択

7月29日(金)
手術に向けた説明を受け、同意書を書くためにS病院に行った。
大野駅から電車で相武台駅へ、相武台駅から病院までは妻の介助。
買い物カゴ付きシルバーカーを支えに杖を突きながら歩いた(見守り歩行)。
診察室に入り、主治医(執刀医)であるO.Drから手術に向けた説明を聞く。
・8/12からの学会に出席のため、次に合えるのは8/15(手術日の前日)になること。
・しかしそれまでに、麻酔科や集中治療室担当者からの挨拶と説明があること。
・頭皮も頭骨も前回の手術(6/7)で開けた個所から行うこと。
 前回は右側から行ったので今回は左側から行い、残っている腫瘍を全て取り除くこと。

予想より増殖がはやく進んでいるようだった。
手術前にCTで確認し、もちろん手術中も取り残しが無いよう最善を尽くす…と説明された。
実は今回の手術について7/15(金)にも説明を受けている。
・(大きく成長した腫瘍が視神経を圧迫しているので)手術には失明のリスクがあること。
この説明を受けた妻が質問した。
「(手術した場合)失明の確率は何%ですか?」
Dr.が答えた。
「現在の状態から完全失明まで。0から100%です」

”何もしなければやがて意識がなくなり…”
5/23(月)の説明が頭をよぎった。

小脳失調の進行するまま、運を天にまかせるか、
目が見えなくなっても生き続ける覚悟があるか、
重い気持ちで後者を選択し手術同意書にサインした。
だって生きてさえいれば、
楽しいことにもおもしろいことにも、まだまだいっぱい出会えるかもしれないではないか。

« 受診日 | トップページ | 緑道経由 病院へ »

入院記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/559408/64538623

この記事へのトラックバック一覧です: 再(々)手術に向けて:

« 受診日 | トップページ | 緑道経由 病院へ »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ