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2019年11月

2019年11月17日 (日)

「すいとん」を食す

我が家の近く、地域にお住いの先輩から招待状が届いた。

”今年は真珠湾攻撃(1941年12月8日)から78年目になります。
この間に幾多の困難を乗り越えてこられたみなさんとあの忌まわ
しい戦争を省みて二度と戦争はしない思いを語り合いたいと思い
「戦中・戦後の常食」であづた「すいとん(美味しくないので少量提
供)と、今風すいとん」を食することを企画しました。”

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実際に提供されたのは、野菜も肉も入った具だくさんの今風すいとん。
みそ味、しょうゆ味、塩味。どれもおいしくてスープまで残さずいただいた。

食しながら、二度と戦争はしない思いの語り合い。
はっきり発音できないボクはもっぱら聞き役。
けれど戦前・戦中、上溝や下溝は相模原の中心地だったという話題がきっかけで、
まだ若くて現職だったころの仕事を思い出した。

「ちいちゃんのかげおくり」を学習した時の当時の資料が今も手元に残してある。
「おうちの人に戦争中の生活について聞いてみよう」という宿題。
以下、資料の一部。

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戦争中の事を何か書いてと、孫に言われて筆を取ったが、さて、何から書き始めてよい
やら思案に暮れてしまいます。

 戦争が始まり、軍国主義一色の日本全国は健康な若い男性は皆、兵隊として招集さ
れ、学生や女性は徴用として、軍需産業工場に先生と共に働きに行き、勉強どころで
はありませんでした。
 貴金虜類は勿論、鉄瓶、鉄鎖など、大砲及び戦争に役立つものは全部、供出しなけ
ればなりませんでした。

 食べるものも配給で、お米のかわりに、小麦粉、さつま芋、どろどろのバター、とうもろ
こし、一ケ月に二回くらいしか配給されない小きないわLを頭や骨まですりつぶし、お
だんごにしてお汁に入れ、小麦粉を入れすいとんにして食べました。
 食べ盛りの多い家庭では、さつまいもの茎、うるい、あかざ等、食べれる物は何でも、
それぞれの調理法で貯蔵したり、食べたりしたものです。

 衣食住の衣は、派手なものは着る事ができず、娘たちは父親の着物をワンピースに
仕立てて、一応おしゃれのつもりで着たりしていましたが、その内、ワンビースなどは
もってのほか、父親や母親の、あまり色のついていない黒っぼい決戦服、上は着物式、
下はモンぺ(今のズボン)、胸には住所、名前を書いた布をつけ、どこに行くにも肩か
らは防空頚布を下げて歩いたものです。

 近所の方に招集令状がきて、出征される時ほ、隣近所の人達がみんな集まり、お祝
いをしてバンザイをとなえたり、千人針という、白い晒しの布に赤い色糸で、千人の人に
一つ一つ結び目を作ってもらったり、特に虎年生まれの人はいくつでも作って下さい
(虎はどんなに遠くまで行っても、必ず帰ってくるから)と、是非帰って来てもらいたい、
という靡いをこめて、作ってもらったりしたものです。

 戦争も、最初の内は若い人が兵隊に行きましたが、だんだんと招集される人も増え、
四十二才までの人が出征するようになり、敗戦の色も、だんだん濃くをってきました。

 住まいも、空襲、空襲で、住むところもなくなり、都会の危険な所にいる人達は、安全
な田舎に移り住むようになり、疎開、疎開で一軒の家に三世帯もの家族がひしめきあい、
田舎でも、食べ物のことで、一番労したようです。
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二度と戦争をしない。
戦前・戦中を体験し生きてきた人が少なくなっている現在、
当時の生活や思いをお聞きし、可能なら疑似体験を行い、語り継ぐ機会は貴重だと思う。

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